月別アーカイブ: 8月 2011

バングラデシュ滞在記⑤ ~ある事件~

事件は、記念すべき、「マイクロファイナンス借入人初訪問の日」の夜に起きた。 その夜は、マイクロファイナンス業界におけるオピニオンリーダーや、マイクロファインナンスに関連するバングラデシュ国内外の法人、NGOなどの関係者を集めた盛大なパーティ―が行われており、我々スタディツアーのメンバーも参加した。 総勢100人近い人々が集う華やかな会場で、ある企業の駐在員の方との会話を楽しんでいると、パーティにおよそ似つかわしくない、大きな太い声が突如耳に入ってきた。振り返ると、つい数分前に名刺交換をしたばかりの日本人の男性のまわりに、数十人の人だかりができている。 中心にいる男性は、十数年前からバングラデシュで活動を行う、ある日本のNGOの事務局長だ。そのNGOは、国連やJICAなどの公的機関が援助の対象としないような地域や、マイノリティの人々に対し、まさに草の根の援助活動を行うことで有名な団体で、数多くの実績を残している。その男性が、大声をあげて人々に訴えかけ始めた。  「ここにいるみなさんは、マイクロファイナンスは貧困を救う万能の薬だ、と思っていらっしゃる方ばかりだ。だが、本当にマイクロファイナンスは貧しい人々を貧困から抜け出させる最良の方法なのだろうか。私たちNGOは、マイクロファイナンスが注目される遥か昔、まだほとんどの人がマイクロファイナンスなど知らない頃、マイクロファイナンスに可能性を見出し、ある貧しい村で融資を行ってきた。でも途中でやめてしまった。なぜか。マイクロファインナンスが、決して万能ではないからだ。確かに貧困から抜け出す人もいた。でも返済できず、さらに貧しくなり、村八分にされて村を追われる人も数多くいた。自殺した人もいた。彼らはたいてい、最も貧しかったり、マイノリティであるケースが多い。日本からはるばるマイクロファイナンス機関を見学しに来た方に言いたい。どうか、真実をみる目をもって下さい。マイクロファイナスは、本当に貧困層を救うことができるのか、と」 パーティの主催者は、マイクロファイナンス業界のリーダー的存在の人物であり、業界の権威と呼ばれる人が数多く出席している。そんな状況であるにも関わらず、声をあげて彼らを訴えるということは、よほどの想いなのだろう。男性の心の叫びとも呼べる悲痛な声をただただ聞きながら、茫然と立ち尽くしてしまった。   パーティからホテルに帰宅すると、自然とツアーのメンバーが食堂に集まってきた。みな、先ほどの男性の言葉に耳を傾けている。私たちの想いは一つだった。 「男性が言ったことは本当なのか。マイクロファイナスの真実を知りたい。」 「借金を返済できず、村を追われたり自殺する人が、本当にいるのか。」 だがこれを追求することは、非常に難しかった。我々のツアーは、バングラデシュ最大のマイクロファイナンス機関である、BRACグループの大学が主催となっており、フィールドワークで訪問する機関や借入人は全て大学が選定している。機関のスタッフや借入人が、大学にとって都合の悪いことを言うはずがない。しかしながら、このままでははるばるバングラデシュに来た意味がない。 翌日から、メンバーが一致団結して、大学側に、このような借入人に合わせるよう、要請する日々が始まった。 始めのうちは、大学側は断固として応じてくれなかった。しかし再三訴える我々の姿勢に根負けしたのか、ついに、ツアー最終日間際になって、首を縦に振った。ツアー最終日に予定されているフリーの日に、希望者を対象に、「昔マイクロファイナンスを受けていたが今は辞めてしまった人」にヒアリングするという、特別ツアーを企画してくれたのだ。 つづく 【運営委員I】

カテゴリー: バングラディッシュ滞在記, 運営委員のページ | コメントは受け付けていません。

総会&交流会報告

 7月8日(金)に、反貧困たすけあいネットワークの総会&交流会が開催されました。 当日は、21名の会員が集まりました。2010年度会計報告と監査報告、2011年度予算案、規約改定の提案、2011年度運営委員の選出ほか、この一年間の活動報告や、次年度の活動について話し合いました。 後半は、ふたつのグループに分かれて、反貧困たすけあいネットワークの活動について意見交換。また、今年は、日頃は会う機会のない会員同士の交流を深めるために、交流会を企画。軽食を囲んで、自己紹介や近況について報告しあいました。

カテゴリー: 事務局からのお知らせ | コメントは受け付けていません。

バングラデシュ滞在記④~フィールド調査~

4日間のBRAC大学での講義を終えて、いよいよマイクロファイナンス機関の現場を訪れる「フィールド調査」の日がやってきた。朝6時にホテルのロビーを出発して、ボロボロの日本車に揺られて道なき道を走ること3時間。首都ダッカの果てにある、古びたマーケットに到着した。砂埃が舞うマーケットの中を一堂ぞろぞろと歩くと、目の前に小さな雑居ビルが飛び込んできた。禿げかかったブルーの外壁、割れた窓ガラス、外れかけた扉。扉の上には、「SAFE  SAVE」と書かれた看板が取り付けられている。ここは、バングラデシュに数千あるといわれるマイクロファイナンス機関の中でも、最も小規模なうちの一つ、「Safe Save」というマイクロファイナンス機関の本社なのだ。 「ここが金融機関の本社?」と目を疑いたくなるような建物だったが、とりあえず中に入る。フィールド調査の簡単な説明を聞いた後、5人毎のグループに分かれて、Safe Saveの利用者(借入人)の自宅を案内してもらうことになった。建物を出て、速足で歩く案内人のバングラデシュ人の後を追う。ビルの裏を抜けると、無数の人が蠢くスラム街が眼前に広がった。人1人がやっと通れるような狭い路地に、下水と思われる水がちょろちょろと流れている。両側には、長屋のような住戸が連なる。泥でできたブロック塀は今にも崩れ落ちそうで、ボロボロのトタン屋根には雨漏りの跡がはっきりと残っている。ガラスのない窓には色とりどりの洗濯物が干してある。鼻を突く激しい汚水の匂い。裸で遊びまわる子供たちの陽気な笑い声。強烈な「生」のありさまに目を見張っていると、小さな家の中に招かれた。  招いてくれたのは、サレハさん、21歳女性。家(というより掘立小屋に近い)の大きさは畳6帖ほどで、そこに繊維工場に勤める夫と、夫の両親、4人の子供の合計8人で暮らしている。半年前にSafe Saveに口座を開設し、日本円にして約2円を毎日貯金。約400円貯まったため、その預金を担保にローンを借りる予定だという。「融資を受ける目的は何か?」生徒の一人が質問をする。「どんな答えが返ってくるのだろう。きっと5人1組で何か事業を始めるのだろうな。誰とどんな事業を始めるのだろう」わくわくしながら質問の答えを待っていると、意外な答えが返ってきた。「子供の教育ローンです。子供をいい学校に行かせたいのですが入学時にまとまったお金がいるんです。だから預金を担保にしてローンを借りたいのです」 教育ローン??と驚いていると、今度は別の生徒が質問する。「何人かのグループで借りているんですか?」サレハさん「いいえ、私個人で借りています。」これには生徒みんなが驚いてしまった。マイクロファイナンスといえば、「5人1組による事業用ローン」だ。5人1組の連帯債務あるいは連帯責任を担保に、信用力の低い彼らにお金を貸す。そして牛を飼う、機織り機を買うなどの事業資金にあててもらい、事業を行って利益をあげ、資金を回収する。それがマイクロファイナンスが成り立つゆえんだ。 私たちが混乱していると、Safe Saveのローンオフィサー(借入人の自宅を訪問して、預金を集めたり、ローンを回収する担当者)が静かに口を開いた。 「私たちの機関では、一定の預金をすれば誰でもみな融資を受けることができます。事業を始める者もいますが、彼女のように子供の教育のためや、医療のため、住宅の改修のため、といったように、生活のためにローンを借りる者も大勢います。今日では利用者の7割は生活のためにローンを借りています。私たちは、借入人の融資理由は特に問いません。また、グラミン銀行のようなグループによる連帯債務(責任)制では、グループから漏れてしまう人が大勢います。そのような人を守りたいという思いから、グループをつくらず個人毎に融資をしています。その代わり、融資を受ける者は、必ず少しずつでもいいので毎日預金をしてもらい、その信用を担保に、預金額の10倍を限度に貸すことにしています。そして、男女も関係ありません。男女関係なく、成人で預金があれば誰でも借りられるのです」  預金があれば誰でも個人で融資を受けることができ、利用者の7割は生活のためにローンを借りている・・・まるで日本の貸金業の実態を表しているようだ。そして驚くことに、Safe Saveの貸倒率は1%未満という。 マイクロファイナンスは、途上国だからこそ成立する、特有のモデルではない。今や日本のような先進国と同じような仕組みで、機能している。 「Safe Saveに出会えてよかった。私のような貧しい家庭でも、毎日少しずつ貯金をすれば子供をいい学校に行かせることができるんです。これまで子供のことは諦めていましたが、今は希望にあふれています。本当に感謝しています」 サレハのきらきらと輝く目が印象的だった。仕組みも利用のされ方も日本の貸金業と変わらないのに、なぜこんなにもバングラデシュの利用者は喜びに満ちているのだろうか。おそらく、カギはマイクロファイナンス機関の経営者やローンオフィサーの「理念」の違いだろう。日本のサラ金は利益追求のみを目的としてカネを貸す。だから金利は不当に高いし、業者によってはわざと多めの額を貸すこともある。でもマイクロファイナンスの根底にあるのは「利用者の貧困状況からの脱却」。従って、借入人の家を訪ね、貧困脱却に向けた生活再建のための方策を親身になってアドバイスしながら、ローンを提供する。そして、返済期間中も、ローンオフィサーが絶え間なくフォローし、コンサルティングをする。マイクロファイナンス機関の平均金利は15~20%といわれているが、そこにはアフターフォローの費用も含まれているのだろう。そうして築かれたローンオフィサーと利用者との間の信頼感が、返済率99%という驚異の数字になって表れているのだろう。  帰りの車の中で、サレハの言葉を思い出して深く感動していると、ある事件が起きた。 つづく 【運営委員I】

カテゴリー: バングラディッシュ滞在記, 運営委員のページ | コメントは受け付けていません。

バングラデシュ滞在記③~マイクロファイナンス授業初日~

BRAC大学でのマイクロファイナンス授業初日。「ASA」という新興系のマイクロファイナンス機関の教授が登壇し、ASAの運営についての講義を受ける。ASAは、NPOの法人格だが、徹底したコスト管理と売上重視で近年利益を上げ続け、インドやアフリカにも店舗を構えるなど、拡大を続けている。今持っても勢いのあるマイクロファイナンス機関といえるだろう。貸付金利は15~20%。授業を聞いて、生徒の間で疑問がわきあがる。「そんなに利益をあげていて、NPOといえるのか。」「コスト管理と売上重視に傾倒していては、「貧しい人を救うという理念を達成できないのでは・・・」「金利20%は、高すぎるのでは?」憤る生徒の質問に、先生の回答は「4日後のフィールド調査でASAの利用者(借入人)宅を訪問するから、そこで実態を見てくれ」というもの。はぐらかされたような回答に一同困惑する。 その後、別の先生からマイクロファイナンスの歴史の講義を受けるが、皆先ほどの疑問が拭えきれていない様子。講義終了後の夕食で、皆口々にこう言い放つ。「マイクロファイナンスって、やっぱり日本のサラ金と変わらないんじゃないか」 【答えは、現場にある。】 バングラデシュの暗い夜空に、そう言い放った先生の姿が浮かぶ。なんだか大ヒットしたあの映画みたいだな・・・とぼんやり考えながら授業一日目の夜を終えた。 つづく 【運営委員I】

カテゴリー: バングラディッシュ滞在記, 運営委員のページ | コメントは受け付けていません。

バングラデシュ滞在記②~教授との出会い~

バングラデシュで迎える初めての朝。窓から聞こえる騒々しいクラクションと異国の喧騒に、夢から引き戻される。時計の針は朝6時。時差ぼけで気だるい体を無理やり起こし、ホテルの前に停車するMade in Japan の大型バスに乗り込んで、バングラデシュ最大のNGO機関、BRACが経営するBRAC大学に向かう。ダッカの朝は早い。街へ出ると、今にも崩れそうなボロボロのリキシャやバスが、溢れんばかりの大量の人を乗せて道路を右へ左へと行き交っている。その隙間を縫うように歩く、長いストールを巻いた人々。至る所で鳴り響くけたたましいクラクション。良く見ると道路に横断歩道や信号がない。どうやらこの街には交通ルールというものが存在しないようだ。運転手に確かめると、案の定、「交通ルールはあるにはあるが、皆守らないのでないも同然だ」というシンプルな答えが返ってきた。滞在中の一番の心配は食あたりではなく交通事故かもしれない。そんな不安が頭をよぎった頃、バスが大学に到着した。  19階建の立派なビル。バングラデシュでは間違いなく「タワービル」の部類に入るだろう。エントランス、エレベーター、講義室とも、そう違和感ない仕様だ。ここの大学の講義室でおよそ二週間、フィールドワークで地方を訪問するとき以外は、先生による講義を受ける。いわば本ツアーの拠点となる場所だ。とりあえず安心感のあるビルで良かった・・・と胸を撫で下ろしていると、まっ白いサロワカ(現地の男性の普段着。ゆったりしだ上下を着る)に身を包み、立派な白ひげを生やした、恰幅の良い初老の男性が、講義室に入ってきた。続いて艶やかなサリー(現地の女性のフォーマル着。一枚の布を巻いて着る)に身を包んだ、若い女性が数人入室。どうやら初老の男性が教授、若い女性達がここの学校の生徒のようだ。初老の男性がよく通る、流暢な英語で自己紹介する。教授は、ダッカで生まれ、イギリスの大学で開発学を学び、1971年のバングラデシュ独立運動で先頭に立って戦った、いわばバングラデシュの開拓者。今は、BRAC大学で開発学部の学長を務める傍ら、マイクロファイナンス研究の第一人者として精力的に活動している。一通りの自己紹介が終わった後、教授が大きな目を更に見開いて、生徒一人一人にたたみ掛けるように話した。「日本はアジアが誇る素晴らしい国。その国の未来を背負ってたつ皆さんが、バングラデシュのような国に勉強に来てくれたことを誇りに思う。我々は今できる精一杯のことを教えたい。だから教えてほしい。みなさんはここでの経験をどのように活かすのか。それはバングラデシュと日本の未来にどんな影響をもたらすのか。」  その言葉に、目の覚める思いがした。彼らの国が置かれる貧困の現状。それを克服し得る手段としてのマイクロファイナンスに寄せる熱い思い。彼らは貧困削減に本気で取り組んでいるのだ。興味本位で彼らの話を聞いてはいけない。教えてもらうからには、本気で聞いて、本気で頭に叩き込まなければいけない。そして日本、バングラデシュ、ひいては世界の貧困削減のために、一体自分たちに何ができるのか、その答えを見つけ出し、行動に移さなくてはいけない。  教授の質問に、ツアーの参加者一人一人が真摯に応える。参加者の多くは、海外の国際機関や、日本の金融機関で働く人たちだ。「自分が働いている国(ネパール)の現状を少しでも良くするために、マイクロファイナンスの手法を学びたい。その国の国力が上がれば、アジア全体の経済力が増大し、バングラデシュにも良い影響をもたらすだろう。」「金融機関で働いているが、マネー至上主義に違和感を感じている。貧困を解決するような金融システムを確立させ、途上国の貧富の差をなくしたい。」 海外の貧困問題を解決したという発言が続く中、私の番になった。 「これまで路上生活者などを支援する活動に関わってきた。なので私の興味は日本の貧困問題の根絶にある。バングラデシュと日本では経済システムが違うので一概に比較はできないが、ここでの経験を糧に日本の貧困問題解決につなげていきたい。」 漠然とした回答だが、教授は深くうなずいていた。はたして、私は自らに課したこの問題に対する答えを見つけることができるのだろうか。 二週間に及ぶ授業が幕を開けた。 つづく 【運営委員I】

カテゴリー: バングラディッシュ滞在記, 運営委員のページ | コメントは受け付けていません。